第5の森へようこそ!

 

 

第5の森では、第1の森から第4の森までで培ってきた勉強の上にいよいよ自分独自の花を咲かせる方法を模索したいと考えています。写真等の資料を交えて考える森にしようと思います。そしてだんだんと森の奥へ進んでいきましょう。それから先は何が現れるかはそのときのお楽しみ。ではそろそろ出発しましょうか。


以前の書の森ホームページに掲載した記事で、データが失われたものとあきらめていましたが、思いがけず残っていました。創作を考える上で貴重なデータですので、改めてここに掲載して行きます。 人の文章を転載しますので、最初にその性格を明らかにしておきます。何も書いていないときは森番の文章とご承知おきください。

1980.3.15記 1980.3.24墨人のために写す(森田子龍)

渓 聲 廣 長 舌と読める。久松先生の書である。引き寄せられるようにそばに寄った私は、特に請うてその前に席をとらせてもらった。その書はいよいよ骨太に大きな迫力をもって迫ってくる。すぐ眼の高さの「廣・長」の二字は特にずしりと重い。「長」の上部は劇的といいたいほどに内から躍動してはたらき出てくるものがあり、それがただ出てくるだけでなくて、そのままとって返してじゅーんと底深くしみ透ってゆくしかもその返ってゆくことの確かさ、深さ、重さ。これぞ人間のはたらきというもののあるべきありよう!私は今眼のあたりに示されているこの教えにただうなづき頭を垂れるよりほかなかった。筆によって何よりも切実に具現されたこのお教えは私の肝に深く刻みこまれた。この感銘は、生涯私の内深く中心部に住みついて、私をひきたて叱咤し続けてやまないであろう。私にとって何ものにも代えがたい宝ものを、私はこのとき恵まれたのである。

 先年の書と比べれば、筆がほぐれ墨の粒子のつながりにもゆとりが生まれ、きびしさは底に沈んで、あたたかくほのぼのと馥郁たる香気すらたちこめている。九十歳というご高齢、ここに来て又新たな一歩を進め筆においても新境地を開かれる先生の飽くなき逞しさ真摯さに舌を捲く思いでもあった。

 この作と同じ頃のお作を他にも拝見したいものと念じつつもまだその機会に恵まれていない。「末期の書」としてお遺しになっていたといわれる「寂滅為楽」の御書はきっと素晴らしいものだろうと思う。文字通りこれが最後の筆だと意識されての書、どんなに凄いものであろうか。早くそして必ず拝見したいものと熱願しつつも、一方では拝見するのが恐ろしくもあるような底知れぬ想いの中で、今私は先生と書について考えている。
 

久松真一(1889~1980)
宗教哲学者。号は抱石庵。主著に「東洋的無」 「絶対主体道」 「禅と美術」など。

2005/2/21 「古法」にふれつつ    森田子龍   墨人誌№251(1979.1・2)より抜粋

 古法の探求・尊重をいうとき、疑問をもたれる向きがあるのは必定である。誰も彼もが古法という一つの筆法で書けば作品はみな同じになってしまうではないか、と。戦後の美術思潮の中では、技術が作品を生むがごとくに、たしかにそのような考え方が強かった。作品の多様化を求めて、むやみに技術や材料の変化のみに浮身をやつし徒に新奇を求めたり、誰もやらないことをやって得々としているのをよく見かけたものである。だから作品が多様なすがたを呈していても、それは全くうわっ面のものにすぎず、内の掘り下げの反映でもなければ、うちの燃焼の表現でもないから、人を打つ力もなくまたそこに個性の輝きも見られない。だから水泡のごとくまた浮き草のように現れてはすぐ消え去ってしまった。作品が生まれるのに技術が必要なことはいうまでもないが、作品のいのち、底に息づいて人々に訴えかける力は、作者の命の躍動なしにはうまれようがない。作者のいのちに訴えかけ語りかけてゆくのである。技術はそのいのちの躍動の通り路である。その通り路を通っていのちの躍動がどのように定着するか、それが作品である。そして作品の個性的な力、作品の作品たる所以のものは、そのいのちの躍動のいかんによってきまる。個性的ないのちの躍動はそれぞれ独自のものである。技術が同じであっても作品は断じて同じものにはならない。
 
 昭和10年代、鈴木翠軒翁が唐の書をさかんに宣揚されたことがある。やはり天来門下の翁は古法を大事にされていたのだと思うが、虞世南、欧陽詢、チョ遂良、顔真卿らの書を挙げて、どれをとってみてもその筆法の根本は一つだ、ということを力説されていた。私も全く同感である。筆法の根本は一つであっても、この四先人の書は決して同じではない。それぞれ鮮やかにまた揺るぎなく個性をうたいあげている。作品の力はそのような深層において決定するものであって、決して技術など表層によって、その根本の性格を左右されるものではないのである。この点、私は戦後三十数年、多くの誤解の蒙を啓いておきたいと思う。

森番から一言

 さりげなく書かれた文章に見えますが、ここには目からウロコが落ちるような斬新で根源的なことが書かれています。技術が同じであっても作品は断じて同じものにはならない。これは私たちがつい見逃してしまう事実ではないでしょうか。無意識に同じになると考えがちではないでしょうか。それは私たちが無意識に機械と同じようなものであると錯覚していることからくるのだと思います。人間ひとりひとり骨格や筋肉のあり方から思考形態、イデオロギーを含めてすべて違うのです。技術によって引っ張り出してくるものが違うのです。

 森田子龍のこの言葉は、そこを喝破している点、改めてすごいことだと思います。さらに言えば、禅哲学者の秋月龍眠という人は狩野芳崖の明治、大正、昭和三代の傑作と言われる「悲母観音」を白隠の観音像と比べたときに、たかが「技、神に入る」というような画家の技術で観音菩薩の姿を写そうとしたものにすぎないと言ってのけました。私たちが追求している書においても同じように超絶した世界があるのです。技術はあって当たり前、ということから出発したい。

この書を見てほしい    稻田宗哉 「踏」

 第102回墨人京都展  稻田宗哉 「踏」   180×140    クリックして拡大
 第102回墨人京都展  稻田宗哉 「踏」   180×140    クリックして拡大

平成24年9月18日から23日 墨人京都展 -京都市美術館- 出品作  稻田宗哉「踏」について森番が墨人誌の編集後記として書いた文章を転載します。

 

「稻田作品はいつも墨の粒子がピチピチと生きている。今回の作品では「踏」に注目した。左の足偏、旁の水部分、下の日の部分の繋がりが緊密である。」   小林堂(墨人会会員:小林靖幸氏)

 

各部分が緊密であることの意味は重要ながら、ここでは紙面の制限で言及できませんが、それぞれが書作に邁進するなかで想いを巡らし掴んでいただきたい要の一点であります。

墨人会はその創立会員に森田子龍という偉大な書家を戴いている。その洪恩は到底語り尽くせないが、同時にその偉大さ故に我々後来の前に聳え立つ壁ともなってきた。それを乗り越えてゆく困難(ある意味では恵まれの場)は想像に難くないし、実際に墨人に集う者たちは呻吟してきた。しかし、墨人会結成60周年、森田子龍生誕100年の記念すべきこの年に、我々墨人は漸く新しい一歩を踏み出した。表紙を飾る稻田宗哉作品「踏」がそれである。氏は森田子龍を誰よりも敬愛しながら、作風としては一番遠く、また子龍の 願い に一番近い作品として「踏」を生んだ。同志として慶びにたえない。

 世の書人、具眼の士、評論家諸氏よ、この稻田作品「踏」を看過して現代書を語るなかれと声を大にして申し上げたい。

 

「踏」は年末の横浜蒼龍展にもう一度出品される。見逃した方は是非そちらでご覧いただきたい。会期は24年12月3日(月)から8日(土) 「第22回蒼龍展」横浜市民ギャラリーにて 

 

 同展より ほか3点

 稻田宗哉 「烈」 180×140 
 稻田宗哉 「烈」 180×140 
 稻田宗哉 「風」 180×140
 稻田宗哉 「風」 180×140
 稻田宗哉 「弾」 180×140
 稻田宗哉 「弾」 180×140

この書を見てほしい    渡邊佐和子 「絶」

 第102回墨人京都展    渡邊佐和子 「絶」 180×140   クリックして拡大
 第102回墨人京都展    渡邊佐和子 「絶」 180×140   クリックして拡大

先の「踏」という字もそうですが、この「絶」も面白い形です。このカタチはどこから来るのでしょうか。

おそらく作者は普通の読みやすい文字の形の裏にはたらく引力、たとえばそのカタチに寄り添う、あるいは迎合する自分の思惑、社会の思惑から自由になりたかったのではないでしょうか。使い古された常套句のように何の新鮮な驚き、感動もくれないような空間をも含めた カタチ にノーを突きつけたのでしょう。

 

このとき、ものを作るものの前に必ず現れる大きな落とし穴がある。それは自分勝手、独善に陥る危険。

粟粒ほどのような自分勝手なひらめき?を後生大事にして流れるプールを逆さまに泳ぐような愚かなまねはしないこと。そのために歴史に連なる古典の地道な勉強があり、自分自身が歴史を請け負って生きる覚悟が問われる。左は炎熱の火の河、右は轟々とうねる水の河、その真ん中の白道を往く。

 

稻田、渡邊このふたりが書の森創設に協力いただき、いまも見守っていただけることに深く感謝したい。

 良寛  巻子
 良寛  巻子

ほどけの良寛

 ほとけの良寛ではなくほどけの良寛。

 日本人は良寛が大好きで生い立ちから数々の逸話まですでに物語になってしまっているほどお好きなようだ。また世の中の書人といわれる人たちも例に違わず良寛がお好き。確かに良寛は素晴らしいと思う。良寛讃仰は当たり前といえば当たり前。ただ、私は書の面から良寛を穴のあくほど眺めている・・・・・素晴らしい!では何に引っかかっているのか?書人の讃仰の中身だ。良寛の臨書はいざ知らず、良寛風の作品でこれは!というものを見たことがない。何とか良寛に近づこうとして硬さが残るものはまだ良いほうで、中でも斜に構えて妙な洒脱まがいの俗書が嫌いだ。良寛書評は世間に溢れているし、同じことを言うつもりはなく、それ以上の上等なことが言える自信もないが、私なりに少し考えてみた。

 題名にも書いたが、良寛の書はほどけている。ほどけていると言えば他にも空海の崔子玉や道風の玉泉帖、佐理の離洛帖、中国では虞世南の積時帖、顔真卿の争座位稿、懐素の自叙帖などなど。大きく言えば古今の名筆はみなほどけている。うちがほどけているから筆もほどけている。良寛もそのひとつに数えられようが、わかりやすい形で見せてくれているということに違いない。そこに書人が飛びつくのだろうが、筆のほどけ、うちのほどけに目が届かないといかにも浅薄で嫌味な俗書に堕ちる。

 ではほどけとは何かと考える。生でない、やわらかい。それだけか?いやほどけているといっても弱いものではけっしてない。強い束縛から自由になる指向性がある。弱いだけ、それは崩れである。空間をゆたかに満たす強さ、気宇の大きさを秘めておればこそと思う。

 森田子龍はこのような力を、筆はただ進むだけではなく、進ませまいとする力、押しもどす力を内に含んで、逆の二つの力がひとつになって動いている。また、筆を抑える力が引きあげる力を内に含んで、逆の二つの力がひとつになって動いている、などと表現した。

 私はさらに、このような不可思議な力を考えるとき、いつも物理で言われるところの真空を思い浮かべる。真空の中は空っぽではないことはすでに公理としている。プラス電子とマイナス電子が相殺して真空を形成している。つまりプラス電子とマイナス電子という質量を持った物質が出会えば、質量はなくなり真空となるが、エネルギーはなくならない。そのエネルギーは一条の光 (書で言うなら一本の線) となって宇宙空間 (紙面) へとんでいく。 生な力が消えて、純粋なエネルギーが放出される。そんなはたらきがあるように思っている。

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